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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

だが、結婚という二文字に、十四歳の香花はひどく抵抗というか違和感がある。叔母は次から次へと適当な花婿候補を探してくる。むろん、それは姉の忘れ形見であり姪である香花のゆく先を案じてのこととは判ってはいる。でも、ひと回りも年上の香花にとっては〝おじさん(アデユツシ)〟としか呼べない男や、年は釣り合っても、なま白くておよそ溜息が出そうなほど退屈な男だけはご免蒙りたい。
「金(キム)香花!」
 ボウと再び考え事に沈み込みそうになっていた香花は、ひときわ大きな叔母の声で現実に引き戻される。
「そなたは、先刻から私の言葉を聞いているの?」
「ごめんなさい。昨日辺りから急に暑くなったでしょう。つい、頭がボウっとしてしまって」
 言い訳にもならない言い訳をする姪を、叔母はわざとらしい溜息をついて見つめる。
「昨日は確か一日中雨が降りっ放しで、膚寒いくらいじゃなかったかしら? うちでは寒がりの尚賢(サンヒヨン)が火鉢を焚いたくらいですよ」
 尚賢というのは、叔母の長男、即ち香花の従兄で歳は二十歳になる。
「叔母上さま、そう申せば、お義姉(あね)上さまのお具合はいかがですの? ご出産はいつだったかしら」
 途端に、叔母のしかめ面が笑み崩れた。
 尚賢は去年、二つ違いの新妻を娶った。その妻の産み月まであとふた月。叔母は初孫の誕生をまるで王孫の誕生を待ち侘びるように待っている。
「何しろ初めての出産ゆえ、当人も少し神経質になってるようでねえ。尚賢はあのとおり、脳天気な子だから、あまり心配はしてないようだけれど」
 叔母の機嫌を良くするには、目下のところ初孫の話題を持ち出すに限る。

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