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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

「そのとおりです。女官は昔から〝人知れず咲いて散る花〟と詩に歌われました。今日、紹介した詩には更に女官を飛べない鳥として歌っています。桃華さまも林明さまも考えてみて下さい。人に見られることもなく、ひっそりと花開き、誰にもその美しさを賞められもせず散る花。折角空飛ぶ翼を持って生まれながらも、狭い鳥籠に閉じ込められ、一生涯、大空を飛ぶことを許されない鳥。どちらもその運命の哀れさは言葉には言い尽くせないほどではありませんか? この詩はそうした花や鳥の哀れさに女官の宿命を重ね合わせたものなのです」
「先生、何故、女官は国王殿下にそこまでしなければならないのでしょうか?」
 桃華の問いに、香花は言葉に窮した。
 その応えは簡単だ。国王はこの国では至高の存在であり、最も敬われるべきだからで、国王の下に両班と呼ばれる貴族階級があり、更にその下に庶民と続く。庶民にも平民と賤民と呼ばれる最下層の民と更に細かく分類され、人は生まれる前からその身分差に一生縛られて生きてゆく。国王の子はどこまでも王族であり、賤民の子は一生涯、奴婢という身分から抜け出せない。
 国王や両班のためには、貧しい民は言いなりになり、死ねと命じられたら本当に死ななければならない。
 その身分差は朝鮮では当たり前とされている。―ではあるが、何故か、香花はそのことをまだ幼い二人に説きたくはなかった。
―先生、彼(か)の神の教えの下(もと)では、学問をすることに男も女もない。学びたき者は皆、学ぶ権利を持っているのですよ。
 昨日、聞いたばかりの明善の言葉が耳奥で甦った。
 地球儀を見たときの愕きや世界の中での朝鮮があまりにも小さかったことをぼんやりとを思い出していると、突如として真剣な声が耳を打つ。

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