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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

「先生、女官は鳥ではなく、れっきとした人間です。ですから、人間を鳥籠にずっと閉じ込めておくのはいけないと思います」
 刹那、香花は〝シッ〟人さし指を唇に当てた。
「桃華さま、あなたの今の考えは正しいですよ。でも、この国では、そのようなことを声高に主張してはならないのです」
「でも、国王(チユサン)殿下(チヨナー)に対する忠誠は絶対なんだよ。父上(アボニン)がいつも仰せだ。両班にしてこの国の民たる者は何があっても、国王殿下に忠誠を貫かなければならないんだ」
 利かん気な口調で言ってのける林明を香花は眼を見開いて見つめた。
 天主教に惹かれ、心では民に自由と平等を求める明善ではあっても、息子には建て前どおりを教えねばならない―。それは香花には判っていた。
 香花は微笑んだ。
「では、林明さまにお訊きします。もし、あなたが鳥になったとして、一生ずっと狭い鳥籠に閉じ込められて親しい人にも逢えない状態が続いたとしたら、どう思いますか?」
 林明がこうまで直截に自分の感情を露わにしたのは初めてなのだ。ここは慎重に、慎重にと己に言い聞かせながら言葉を紡いでゆく。
「それは―、多分、淋しいし哀しいし、辛い」
「当たり前だわ。私は女官になるのなんて、死んでもいや。父上さまや林明に逢えなくなるのは我慢できそうにないもの」
 横から桃華も負けずに叫ぶ。
 香花は二人の顔を交互に見つめた。

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