テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

「二人の気持ち、意見はよく判りました。今、この国では国王殿下の存在は絶対で、何人たりとも逆らうことはできません。なので、今は忠誠云々の問題は別として、私はこのことをあなたたちに伝えたいと思います。坊ちゃん(ソバニン)、あなたは先刻、大好きな人たちに逢えなくなるのは辛いと言いましたね?」
 林明がコクリと頷くのが見えた。
「あなたがたった今、淋しいと感じたように、鳥にも心はあります。また、ただ黙って咲くだけのように見える花にも心はちゃんとあります」
「嘘だ、花に心なんかあるわけがない」
 口を尖らせた林明に、香花は笑った。
「嘘だと思うのなら、毎朝、庭に出て咲いている花に話しかけてごらんなさい。きっと、あなたが毎日、〝きれいだね〟と言ってやれば、花は次の日にはよりいっそう見事に花開くでしょう」
「私は先生のお話を信じます。今日から、早速、庭の花に話しかけてみるわ」
「ぷっ、くだらねえ~」
 笑い飛ばした弟を、桃華はキッと睨んだ。
「お前に何が判るというの? 物言わぬ花や鳥の心が判らぬそなたに、人の心が判るはずがない。人の心が判らない林明に、父上さまのようにご立派な官吏になれるはずがない」
「―!」
 林明が悔しさに小さな顔を真っ赤にして、部屋を飛び出す。
「坊ちゃん?」
 香花は慌てて林明の後を追った。
 屋敷中のどこを探しても、林明はいなかった。焦って庭を見回っていると、片隅の紫陽花の繁みがコソリとかすかな音を立てて揺れる。
「坊ちゃん、そこにいるのですか」
 香花が緑の繁みをかき分けて覗き込んだ向こう側に、林明が蹲っていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ