テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第11章 謎の女

 香花は今、光王が作った庭に立ち、花を眺めている。もっとも、見る人が見れば、庭とも呼べないような代物ではあるだろうけれど。
 漢陽から旅を続けること半月で、この村に至る。鄙びた小さな農村だが、香花はここでの生活が気に入っていた。元々、金(キム)氏は両班といっても、さして家門が高いわけでもなく、代々の当主―香花の祖父も父も下級官吏だった。使用人も必要最低限しかおらず、自分でできることは自分で済ませてきたし、何より、父自身が華美を嫌い、質素を旨とする生活を心がけるような人だったのだ。
 香花も物心ついたときから、母親不在の家庭で主婦の役割をこなしてきた。
 だからこそ、両班の令嬢である香花がこのような庶民の暮らしに特に不満を感じることもないのだろう。
 今でもまだ、家門の再興を諦めたわけではない。しかし、目下のところ、十五歳の少女一人の力で落ちぶれた家門をどうにかすることはできないのは現実だ。何しろ、当主となるべき主人が不在では、再興も何もあったものではないだろう。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ