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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第11章 謎の女

 でも、きっと自分が子どもを持つことはないだろう。そう考えると、少し―いや、かなり淋しい。
 もし明善が生きていれば、香花もまた明善と結ばれ、彼の子をその身に宿していただろうか。
 そこまで考え、香花は緩くかぶりを振る。
 止そう、過ぎ去ったことは二度と元には戻らない。明善が生き返ることはないし、死んだ彼と結ばれることはあり得ない。
 明善を忘れるのと、過ぎ去った昔のどうにもならないことを鬱々と思い返すのは全く次元の違う話だ。香花がこんな有様では、明善も浮かばれまい。彼を愛した自分にふさわしく、清廉であった明善に恥じない生き方をしたい。それが、今の香花のせめてもの望みだ。
 多分、優しい明善は、香花が過去にあまりにも拘り過ぎるのを歓ばないだろう。
―私のことはもう良い。そなたは、ふさわしき男と出逢い、新しい人生を生きなさい。
 彼ならば、必ずそう言うはずだ。
 でも、できない。できるはずがない。十四年の生涯で初めて恋した男、心から愛した男なのだ。そんなに容易く忘れられるはずがなかった。

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