月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第11章 謎の女
景福はそこでまた逡巡を見せる。
香花は頷いた。
「あなたの気持ちは判るわ。私だって、兄さんに何かあったらと考えただけで、怖ろしくなるもの」
〝兄さん〟というのが光王を指すのは当然だが、その言葉は満更、嘘ではない。いや、香花は万が一にも光王が傍からいなくなったらと想像するだけで、怖ろしさに叫び出してしまいそうになる。
両親を喪った香花は、他家に嫁いだ叔母を除けば、身寄りはいない。つまり、天涯孤独の身だ。光王はむろん実の兄ではないけれど、漢陽で共に暮らすようになってから十ヵ月、いつしか身内に対するような情を抱くようになった。互いに顔を見れば喧嘩ばかりの毎日だが、光王が香花にとって、かけがえのない大切な存在となりつつあることは事実なのだ。
「兄さん―」
景福は呟くと、納得したように笑った。
「ああ、あの人だね。君が弟を庇ってくれたら、慌てて飛び出してきた。君の兄さんの気持ちも僕はよく判るよ。君のような可愛らしい女の子をあんな助平両班の餌食になんか、みすみすさせたくはないだろうからね。僕も弟が本当にあの時、連れていかれそうになっていたら、あの両班を殴り倒していたかもしれない」
香花は頷いた。
「あなたの気持ちは判るわ。私だって、兄さんに何かあったらと考えただけで、怖ろしくなるもの」
〝兄さん〟というのが光王を指すのは当然だが、その言葉は満更、嘘ではない。いや、香花は万が一にも光王が傍からいなくなったらと想像するだけで、怖ろしさに叫び出してしまいそうになる。
両親を喪った香花は、他家に嫁いだ叔母を除けば、身寄りはいない。つまり、天涯孤独の身だ。光王はむろん実の兄ではないけれど、漢陽で共に暮らすようになってから十ヵ月、いつしか身内に対するような情を抱くようになった。互いに顔を見れば喧嘩ばかりの毎日だが、光王が香花にとって、かけがえのない大切な存在となりつつあることは事実なのだ。
「兄さん―」
景福は呟くと、納得したように笑った。
「ああ、あの人だね。君が弟を庇ってくれたら、慌てて飛び出してきた。君の兄さんの気持ちも僕はよく判るよ。君のような可愛らしい女の子をあんな助平両班の餌食になんか、みすみすさせたくはないだろうからね。僕も弟が本当にあの時、連れていかれそうになっていたら、あの両班を殴り倒していたかもしれない」