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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第11章 謎の女

 香花はいつしか景福の姿に少年時代の光王の姿を重ねていた。いつだったか光王は言っていた。
―他人を蹴落とさなければ、その日の食べ物すら口にはできなかった俺には理解できないね。食い扶持が少ないときは、誰かが我慢しなければならない、そんなときは同じ浮浪児同士で争って手に入れたんだ。
 その時、香花は烈しい衝撃を受けた。曲がりなりにも〝義賊〟ともてはやされ、貧しい民から英雄か神のように崇められていた義賊〝光王〟ならば自分の食い分を削っても、他の者たちに分け与えてやっていた―それが当然なのだと信じ込んでいたからだ。
 光王の母は妓生だったという。父親は妓楼に通っていた客で漢陽の両班であったとも。ゆえに、光王は妾腹とはいえ、れきとした両班の血を引いているのだ。
 しかし、彼の父は母が身ごもったと知るや、無情にも母を捨てた。光王は妓楼で生まれ育ち、妓生の子ということで蔑視され、苛められた。四歳で母を喪った後は、更に皆から不当な扱いを受け、とうとう妓楼を飛び出したのが六歳のときだという。以来、掏摸や掻っ払いと生きるためなら何でもしてきたと、これは彼自身から聞かされた。

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