
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第11章 謎の女
ミリョンの視線が香花に向けられ、香花か頭を下げた。
「初めまして、余香花といいます」
「あなたが昌福を助けてくれた人なのね。私からもお礼を言わせて下さい。私はあの時、近くまで買い出しに出ていたので、騒動があったことは後から知ったのです」
ミリョンは何と、あのサヒョン親方の娘で、直接表には出ないが、裏方として一座を陰から支えているのだと傍から景福が教えてくれた。
「一座を支えるなんて、そんなたいしたことはしていません。芸が成り立つには芸人がいなくては駄目だし、私がしているのは衣裳を縫ったり、皆の食事を作ったりと、そんな誰でもできることばかりですもの」
座員に偉そうに命令ばかりしていたサヒョンに比べ、娘のミリョンは随分と違って優しそうだ。
「ミリョンの作るチゲは特別美味しいんだ」
チゲはキムチの入った朝鮮の鍋料理だが、これは光王の大好物でもある。チゲの出たところで、香花は改めて光王のことを思い出す。
景福と話し込んでいる中に、随分と刻が経ったようだ。暮れなずんでいた西の空はいつしか菫色から深い群青に変化しつつある。
隣の朴家まで距離があるからといって、幾ら何でもこれは遅すぎる。光王は手練れの暗殺者でもあったから、途中で何者かに襲われるとかいった心配はないだろう。多分、朴家で赤ン坊に構い過ぎて長居している中に時間を忘れているに相違ない。
意外にも(と光王本人に言ったら、失礼だと怒られたが)、光王は大の子ども好きだ。ゆえに朴家に訪れては、生まれたばかりの赤ン坊を相好を崩して眺めているといった普段の彼からはおよそ想像もつかない姿を見せている。朴家の若い妻はそんな光王を見て、〝父親(アボジ)が二人できたようだ〟と笑っているという。
―そんなに子どもが好きなら、さっさと奥さんを貰って自分の子どもを作れば良いじゃない。
香花が言ってやると、光王は肩をすくめて、いつものポーズを見せた。
―子どもが何を生意気言ってるんだ。それに、うちには手のかかるいまだお子さまが一人いるからな、これ以上、子どもは要らないのさ。
と、実に憎らしいことを言う。
「初めまして、余香花といいます」
「あなたが昌福を助けてくれた人なのね。私からもお礼を言わせて下さい。私はあの時、近くまで買い出しに出ていたので、騒動があったことは後から知ったのです」
ミリョンは何と、あのサヒョン親方の娘で、直接表には出ないが、裏方として一座を陰から支えているのだと傍から景福が教えてくれた。
「一座を支えるなんて、そんなたいしたことはしていません。芸が成り立つには芸人がいなくては駄目だし、私がしているのは衣裳を縫ったり、皆の食事を作ったりと、そんな誰でもできることばかりですもの」
座員に偉そうに命令ばかりしていたサヒョンに比べ、娘のミリョンは随分と違って優しそうだ。
「ミリョンの作るチゲは特別美味しいんだ」
チゲはキムチの入った朝鮮の鍋料理だが、これは光王の大好物でもある。チゲの出たところで、香花は改めて光王のことを思い出す。
景福と話し込んでいる中に、随分と刻が経ったようだ。暮れなずんでいた西の空はいつしか菫色から深い群青に変化しつつある。
隣の朴家まで距離があるからといって、幾ら何でもこれは遅すぎる。光王は手練れの暗殺者でもあったから、途中で何者かに襲われるとかいった心配はないだろう。多分、朴家で赤ン坊に構い過ぎて長居している中に時間を忘れているに相違ない。
意外にも(と光王本人に言ったら、失礼だと怒られたが)、光王は大の子ども好きだ。ゆえに朴家に訪れては、生まれたばかりの赤ン坊を相好を崩して眺めているといった普段の彼からはおよそ想像もつかない姿を見せている。朴家の若い妻はそんな光王を見て、〝父親(アボジ)が二人できたようだ〟と笑っているという。
―そんなに子どもが好きなら、さっさと奥さんを貰って自分の子どもを作れば良いじゃない。
香花が言ってやると、光王は肩をすくめて、いつものポーズを見せた。
―子どもが何を生意気言ってるんだ。それに、うちには手のかかるいまだお子さまが一人いるからな、これ以上、子どもは要らないのさ。
と、実に憎らしいことを言う。
