
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第11章 謎の女
え、と、怯んだ香花に、光王は低い声で言った。
「あんな物をいつまでも持ってれば、無用の疑いを抱かれるだけだ。万が一、誰かに見つかったら、どうするつもりだ? 天主教の信者に間違われて、役人にとっつかまるのがオチだぞ?」
香花は烈しく首を振った。
「駄目、それだけは、駄目よ。あれは明善さまから最後に託された形見だもの。たとえ私が死んだって、手放せない大切なものなの」
香花の瞼に懐かしい想い出が蘇る。
明善と二人だけで眺めた〝幻の花〟と呼ばれる七色の紫陽花。月明かりの下で淡く光っているように見えた花を眺めたあの夜は、明善と過ごした最後の夜だった。
あの時、明善自らが香花の挿した刺繍を所望し、香花は形見として明善の大切にしているロザリオを譲り受けた。
―このようなものでも貰ってくれるか?
禁教の象徴であるロザリオを与えることで、香花に要らぬ迷惑がかかるのではないかと案じていた明善。
どこまでも思慮深い、優しい男だった。
義禁府に囚われの身となってから後も、明善は香花の贈った刺繍を常に肌身離さず持ち、処刑の瞬間まで握りしめていた。
「あんな物をいつまでも持ってれば、無用の疑いを抱かれるだけだ。万が一、誰かに見つかったら、どうするつもりだ? 天主教の信者に間違われて、役人にとっつかまるのがオチだぞ?」
香花は烈しく首を振った。
「駄目、それだけは、駄目よ。あれは明善さまから最後に託された形見だもの。たとえ私が死んだって、手放せない大切なものなの」
香花の瞼に懐かしい想い出が蘇る。
明善と二人だけで眺めた〝幻の花〟と呼ばれる七色の紫陽花。月明かりの下で淡く光っているように見えた花を眺めたあの夜は、明善と過ごした最後の夜だった。
あの時、明善自らが香花の挿した刺繍を所望し、香花は形見として明善の大切にしているロザリオを譲り受けた。
―このようなものでも貰ってくれるか?
禁教の象徴であるロザリオを与えることで、香花に要らぬ迷惑がかかるのではないかと案じていた明善。
どこまでも思慮深い、優しい男だった。
義禁府に囚われの身となってから後も、明善は香花の贈った刺繍を常に肌身離さず持ち、処刑の瞬間まで握りしめていた。
