月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~
「先生は心で母上の声を聞けと言うが、そんなのは花の声を聞くのと同じだ。現実には花の声など聞くことはできぬから、心で聞くなどとその場限りのごまかしを口にする。先生は私を童だと思って、そのような子ども騙しを口にするのだな」
「そんな―、子ども騙しだなんて。林明さま、私はそのようなつもりで口にしたのではありません」
香花が言うと、林明はキッと香花を睨みつけた。到底、六歳の子どもとは思えない烈しい眼だった。
そのまなざしの険しさに、香花は一瞬、気圧される。
「それから、先生、私からお願いがあります」
林明が急に改まった口調になった。
「先生、もう父上とはあのように親しげするのは止めて下さい」
「―」
香花は返すべき言葉を持たず、ただ林明の可愛らしい顔を見つめるだけだ。
「昨日、先生と父上が二人だけで話しているのを偶然聞いてしまったんだ。私は父上に話があって―、父上の部屋の前まで来たら、とても愉しげに誰かと話していたので、入るに入れなかった」
言うだけ言うと、林明は踵を返して駆けていった。
後には、ただ香花だけが残される。
―父上とあのように親しげにするのは止めて下さい。
先刻の林明の科白がこだまのように途切れることなく頭の中で響き渡る。
その時、ふいに香花は悟った。
―多分、私は旦那さまのことが好きなのだ。
十四年間生きてきて、生まれて初めての恋をしたのだ。それも絶対に実るはずのない、報われることのない恋を。
「そんな―、子ども騙しだなんて。林明さま、私はそのようなつもりで口にしたのではありません」
香花が言うと、林明はキッと香花を睨みつけた。到底、六歳の子どもとは思えない烈しい眼だった。
そのまなざしの険しさに、香花は一瞬、気圧される。
「それから、先生、私からお願いがあります」
林明が急に改まった口調になった。
「先生、もう父上とはあのように親しげするのは止めて下さい」
「―」
香花は返すべき言葉を持たず、ただ林明の可愛らしい顔を見つめるだけだ。
「昨日、先生と父上が二人だけで話しているのを偶然聞いてしまったんだ。私は父上に話があって―、父上の部屋の前まで来たら、とても愉しげに誰かと話していたので、入るに入れなかった」
言うだけ言うと、林明は踵を返して駆けていった。
後には、ただ香花だけが残される。
―父上とあのように親しげにするのは止めて下さい。
先刻の林明の科白がこだまのように途切れることなく頭の中で響き渡る。
その時、ふいに香花は悟った。
―多分、私は旦那さまのことが好きなのだ。
十四年間生きてきて、生まれて初めての恋をしたのだ。それも絶対に実るはずのない、報われることのない恋を。