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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第11章 謎の女

 香花は愕然とした。
 もしや、私は光王を―好きになってしまったの?
 その考えは怖ろしいほどの確信を伴い、すとんと香花の心の中心に落ちてきた。
 ああ、そうだったのか、私は光王をいつのまにか好きになっていたのだ。
 香花は妙に冷静に自分の心を分析した。
 だから、これほどまでに―あの男のことを考えただけで、胸が苦しくなるのだ。かつて明善に惹かれ始めたばかりの頃、やはり、これと似た切ない感情に翻弄されたことがあった。
 あのときも、香花は、これが恋なのかと愕然としたものだった。
 かつて香花に想いを寄せ、求婚までした全知勇―前任の使道の息子には好意を抱いても、こんな風に狂おしいほどの気持ちを感じたことはなかった。だから、知勇の折角の求婚も辞退したのだ。
 多分、香花の心はもう大分前から、光王に向いていたのだろう。でも、香花は必死で明善を忘れまいと努力した。自分が信じ込んでいたように、明善を忘れられなかったのではなく、忘れることを怖れていたのだ。
―お前を見ていると、苛々するんだ。何故、眼の前に幸せがあるのに、自ら背を向けようとするんだ? 明善を忘れたくないというより、忘れるのを怖れているように見える。
 これも光王に指摘された言葉だ。
 あの男はとっくに香花の心を見抜いていた。他人にすら判っていたというのに、当の自分は情けなくも気付きもしていなかったという、この現実。
 しかも、光王にとって自分はただの同居人で〝女〟の数にも入らないような子どもにすぎない。
 光王の心には、いまだに忘れ得ない昔の女が棲みついているのだ。そこに自分などの入り込む余地があろうはずもない。まさに恋心に気付いたこの瞬間に、失恋してしまったに等しいではないか。

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