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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第11章 謎の女

 酒で正体を失うといった醜態を晒したことは、むろん一度としてない。手練れの刺客でもある彼は、常にどんなときでも―眠っている最中でさえ、敵が近づけば、すぐに飛び起きられるように訓練されている。
 光王が眼を覚ました時、傍らには見たこともない女が座っていた。最初、彼はギョッとして飛び起き、烈しい頭痛に思わず顔をしかめた。
―ああ、綺麗な顔が台無しだね。
 女が紅い唇を艶めかしくうごめかした。
 女はしどけなく胸をはだけた夜着一枚きりで、どう見ても、ここは妓楼の一室だ。
 女が妓生であることは疑いようもなく、事実、昨夜、この女が盃に酒を注ごうとするのを脇から銚子を引ったくり、手酌で盃を重ねたことも徐々に思い出した。
―こんな上男、滅多とお目にかかれないっていうのに、あたしもついてませんよ。
 女は美しかったが、妓生としてはそろそろ盛りを過ぎた歳であったろう。化粧をしていても、年齢は隠せない。殊に大勢の女を見てきた光王の眼はごまかせなかった。

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