テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

 その翌朝から、香花は熱を出して寝込んだ。
 どうやら、前日に雨に打たれたのが良くなかったようだ。
―もう父上とはあのように親しくしないで下さい。
 林明が叫んでいなくなった後、香花は雨に濡れるのにも頓着せず、長時間あの場に立ち尽くしていた。
 自分ではそう身体が弱くない―むしろ健康だけが取り柄だと思っていたのだけれど、今回ばかりはそうも言っておられないようだ。
 明善は心配して、掛かり付けの医師を何度も呼んで、香花の診察に当たらせた。熱は下がるどころか、上がる一方だった。
 昼間は仕事で参内していることの多い明善に代わって、桃華が付きっきりで看病してくれた。まだ七歳とはいえ、頼もしい看護ぶりを見せ、香花の額に乗せた濡れ手ぬぐいを甲斐甲斐しく取り替えたり、ソンジョルがこしらえた松の実粥を木匙で掬って食べさせ、薬湯まで呑ませてくれた。
―お嬢さま(アツシー)、具合の方は、どうですか?
―どうしてなのか、まだ熱が下がりそうにないのよ。
 時折、部屋を覗くソンジョルと桃華が声を潜めて囁き交わす。その気遣わしげな声が熱に浮かされる香花のぼんやりとした意識にも辛うじて入り込んできた。
 寝込んで四日目になって、高熱が漸く下がる兆しを見せ始めた。桃華が薬湯を呑ませてくれた後、うとうとと微睡んでいる枕辺で、話し声が聞こえてきた。
「何でお前なんかが来るのよ?」
「だって、心配だから―」
「今更、何言ってるの! お前が先生にあんな酷いことを言うから、こんなことになってしまったのに」
「姉上―」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ