
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~
「私が何も知らないと思ったら、大間違いよ。あの日、林明と先生が紫陽花の傍で話しているのが廊下にまで聞こえてきたんだから。お前がいなくなってから、先生は酷く泣いてたわ。先生が高熱を出して寝込んでしまったのも、全部お前のせいじゃないの」
そのときだった。
低いけれど、どっしりとした声が二人の会話を遮った。
「桃華、今の話はどういうことだ?」
「父上」
そこで、夢現(ゆめうつつ)だった香花は、先刻までのやりとりが桃華と林明の幼い姉弟のものだったことに気付く。
どうやら、今し方の声は明善のようだ。
「林明」
父親らしい威厳に満ちた声に、林明の悄然とした声が応える。
「はい、父上」
「桃華の話は真なのか?」
「―はい、間違いありません」
いつになく覇気のない声。刹那、ピシリという乾いた音が静寂を破った。
明善が息子の頬を打ったのだ。
その音に、香花の意識は完全に覚醒した。
「馬鹿者ッ。そなたが金先生に何を申したかは知らぬ。だが、仮にも男子たる者がか弱き女人を泣かせるのは何事だ? しかも、相手はそなたの師匠であるのだぞ?」
「申し訳、ありませんでした。すべて私の落ち度です」
今にも泣き出しそうな声が震えている。
香花は眼を開くと、ゆっくりと身を起こした。
「旦那さま。お待ち下さいませ」
「先生、起きてはならぬ」
慌てて香花の身体を褥に戻そうとするのに、香花は首を振る。
そのときだった。
低いけれど、どっしりとした声が二人の会話を遮った。
「桃華、今の話はどういうことだ?」
「父上」
そこで、夢現(ゆめうつつ)だった香花は、先刻までのやりとりが桃華と林明の幼い姉弟のものだったことに気付く。
どうやら、今し方の声は明善のようだ。
「林明」
父親らしい威厳に満ちた声に、林明の悄然とした声が応える。
「はい、父上」
「桃華の話は真なのか?」
「―はい、間違いありません」
いつになく覇気のない声。刹那、ピシリという乾いた音が静寂を破った。
明善が息子の頬を打ったのだ。
その音に、香花の意識は完全に覚醒した。
「馬鹿者ッ。そなたが金先生に何を申したかは知らぬ。だが、仮にも男子たる者がか弱き女人を泣かせるのは何事だ? しかも、相手はそなたの師匠であるのだぞ?」
「申し訳、ありませんでした。すべて私の落ち度です」
今にも泣き出しそうな声が震えている。
香花は眼を開くと、ゆっくりと身を起こした。
「旦那さま。お待ち下さいませ」
「先生、起きてはならぬ」
慌てて香花の身体を褥に戻そうとするのに、香花は首を振る。
