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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第12章 半月

 優しそうなおじさん(アデユツシ)が立っている。いや、おじさんというには、まだ若すぎる。八歳の昌福から見ても、まだ〝お兄さん〟と呼んだ方がふさわしいに違いない。
 細身で背は見上げるほど高く、八歳にしては小柄な昌福は若者を振り仰ぐような格好になってしまう。とりたてて特徴のない平凡な顔に人の好さそうな笑顔が浮かんでいる。
 どこにいても目立たない、いわゆる印象の薄いタイプだ。こういう男は、他人の記憶にあまり残らない。
 この若者は、例の両班―他ならぬ昌福を屋敷に連れ去ろうとした宋与徹の従者であった。あの日、与徹の伴をしていた男なのだが、昌福がこの男の顔を見たのは一瞬だ。更に思いがけぬなりゆきに動転していた幼い昌福から、この男の記憶は完全に欠落していた。
 自分の方を底光りのする粘つくような眼で見ていた怖い男―与徹の顔は忘れようにも忘れられないけれど。 
 若い男は懐から取り出した飴をくれた。
「この飴をあげよう」
 棒付きの透き通った虹色の飴は、まるで宝石のようにきらきらと輝いている。普段なら絶対に口に出来ないようなお菓子だ。

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