テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

 林明が振り絞るように言い、烈しく首を振る。
「違う、先生は悪くない。面白くなかったんだ。いつも私や姉上とご一緒していても、父上があんな風に愉しげにされていたのを見たことがなかったから―。何だか先生に父上を取られてしまうのではないかと思って、ついあんな意地悪を言ってしまったんだ。本当は私だって知っている。何年も前に亡くなられた母上の声が空から聞こえてきたりするはずがない。母上はもう、どこを探してもいないんだ。私たちの許から永遠に去ってしまわれたのだもの」
 林明は言うだけ言うと、声を上げて泣いた。
「坊ちゃん―」
「本当にもうよろしいのですから、泣かないで、ね?」
 香花は膝をいざり進め、林明の小さな身体をそっと抱き寄せた。
「先生、先生、ごめんなさい」
 林明は香花のやわらかな胸に顔を押しつけ、烈しく泣きじゃくった。
 ひとしきり泣いた後、林明が少し照れ臭げに袖から何やら取り出して見せてくれた。
「先生、これ」
 小さな手に握りしめられていたのは、淡く染まった蒼色の紫陽花。どうやら、林明からのお見舞いのようだ。
「これを私に下さるのですか?」
 コクリと頷く頭を思わず撫でてしまい、これは少し子ども扱いしすぎたかと後悔した。
 しかし、林明は嬉しげに香花を見上げた。
「きっと母上が生きておられたら、こんな風な感じなのだろうな。先生にこうして貰っていると、まるで母上に甘えているようだ」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ