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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第13章 十六夜の悲劇

 紫陽花から少し離れた場所に、ピンクの小花が群れ咲いている。香花の好きな、あの花だ。名前も知らぬ野辺の花だけれど、誰に褒めて貰うわけでもないのに、凜として咲いている。
 香花がそっと指先で可憐な花に触れようとした時、柵に取り付けた戸が開いた。チリチリと鈴の音がして入ってきたのは、景福だった。
「景福、いらっしゃい」
 香花が微笑みかけると、景福は眼を細める。何故か、この年下の少年は香花を見ると、よくこんな表情をする。別に特別に光り輝く高価な簪を身につけているわけでもないのに、どうしてこんな眩しそうな顔をして自分を見るのか、実のところ、香花には判らない。
 少年の陽に灼けた頬がかすかに赤らんでいることにも気付かなかった。
「明日の早朝、夜明けと共に、いよいよ発つことになったんだ」
 今日、景福が訪ねてきたのは暇乞いのためであった。
 香花は小さな吐息をつく。
「とうとう行っちゃうのね。淋しくなるわ」

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