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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人

夢見る老婦人

 その少女をひとめ、その瞳に映した時、彼女は息を呑んだ。―いや、心臓が危うく止まりそうになるのではと思うほど、驚愕した。
 白皙の美貌は、まさに今にも綻ばんとする花のごとしと謳われた愛娘にそっくり生き写しであったからだ。透き通るなめらかな膚は冬にこの一帯を埋め尽くす純白の穢れなき雪、理知と優しさを宿して煌めく二つの瞳はさながら黒曜石、形の良い眉、鼻筋、極めつけは朱を点じたような唇。
 少女の容貌はまさに、職人が精魂込めて精巧に作り上げた美貌にほかならなかった。
 その少女を見て以来、彼女はいつも薔薇の繁みの陰で少女の訪れを待ち侘びるようになった。少女はどうやら、彼女の良人が丹精込めて育てている自慢の薔薇を眺めに通ってきているらしい。
 彼女の良人はこの地方一帯の政治を司る県監である。良人は人柄も穏和で、無闇に両班であることや県監の地位を傘に着ることもない。屋敷の大勢の使用人たちにも〝慈悲深い旦那さま〟と慕われ、使用人たちに声を荒げることなどなかった。

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