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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人

 良人は政治家としても有能であったが、何よりの愉しみは政務の合間を縫っての庭いじりである。殊に薔薇の栽培にかけては玄人はだしで、本人もよく冗談で
―儂は幼い頃、いつも庭いじりの得意な下男にまとわりついて、その仕事ぶりを眺めていたものだ。幼心にもゆくゆくは本気で造園家になりたいと考えていて、父上にそれを申し上げて〝愚か者と〟怒鳴られ、殴られたこともあった。
 当時、朝鮮では身分制度が徹底しており、両班家の嫡男が賤民になることはできず、また、逆に賤民が両班になることもできなかった。人の身分というものは産まれながらに決まっていたのである。
 とはいえ、朝鮮王朝時代も後期にさしかかってきたこの時代、私服を肥やした地方官がひそかに金に物言わせて両班の身分を買うといったことが行われ、制度上は確かに両班ではあっても、昔から連綿と続く名門の両班家では、これらの成り上がり―つまり新興階級を〝偽両班〟と呼んで蔑んだ。

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