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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人

彼女が嫁いだ家門はそうした名門の中でも名を知られており、祖先は礼曹判書も務めた者もいる名家であった。彼女の良人も彼女もその末裔であることを常に誇りとし、家門の名に恥じない節度ある行動を心がけてきたのだ。
 十八歳で良人に嫁いだ彼女は、誰もが羨む幸福を手に入れた。良人は前途有望な若き官吏で、事実、周囲の希望をいささかも裏切ることなく順調に出世した。元々、良人は俗世の欲や出世欲とは無縁だったため、出世街道をひた走る道を嫌い、地方官を歴任するにとどまった。中央政界での立身は遂げられなかったが、国にとっては重要な意味を持つ地方の県監や使道を幾たびも務めてきたのである。
 そして、良人も彼女も五十代にさしかかった今、夫婦は互いを労り合いながら、日々をひっそりと生きていた。良人は高齢にも拘わらず、まだ現役の地方官ではあるが、流石に寄る年波には勝てないと見え、滅多に弱音を吐かない人が
―儂もこのお役目を最後に国王殿下に願い出て、引退するつもりだ。
 と洩らしている。

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