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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人

 妓生に現を抜かしもせず、妻一人を愛した良人を得た彼女を誰もが羨んだ。ただ一つだけ、天は彼女の幸福を妬むかのように、最も望むものを与えては下さらなかった。そう、結婚すれば、誰もが自然に授かるもの―子宝が授からなかったのだ。
 彼女は良人と一緒にあらゆることを試してみた。子授けにご利益のある寺院があると聞けば詣で、知り合いを通じて十数人もの子に恵まれたという女の下履きを大枚を払って手に入れ、身につけてみた。
 その甲斐あってか、もう諦めた頃、彼女に懐妊の兆候が見えた。その時、良人が三十八歳、彼女が三十六歳。初子どころか、初孫を持つ歳になって漸く得た我が子であった。
 高齢での初産を心配したものの、身体が丈夫な彼女は月満ちて健やかな女児を生み落とし、良人と彼女はたった一人の娘に〝素花〟と名付けた。素花というのは、白い花という意味を持つ。清らかな花のような娘に育って欲しいという両親の願いが込められた美しい名であった。

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