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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人

 彼女は日々、涙を流し、やがて涙も尽きた後は、ひたすら娘を想って過ごした。朝に晩に、娘が生前、こよなく愛した薔薇の花たちの前に立ち、薔薇を眺め続けた。
 娘が愛した花を見ていれば、娘がすぐ側にいるような気がして。風に揺れる薄紅色の薔薇と一緒にいれば、ふっと娘が〝お母さま〟と繁みの向こうから現れるような気がして。
 彼女の中で、素花はまだ死んではいない。
 彼女の心では、素花はまだ十八歳の亡くなったときのままの姿で生きているのだ。
 娘が夭折して二年、彼女は薔薇を眺め続けた。一年ほど前からは、杖なしでは歩けなくなり、立ったままでいるのは難しくなった。そのため、椅子を運ばせ、座って眺めるようになった。花の咲いているときも、咲いていないときも。
 いつしか屋敷の奉公人たちが
―お可哀想に、奥さまはとうとうお嬢さまを亡くした哀しみで狂ってしまわれた。
 とひそかに囁き合っているのも知っている。
 確かに、一年中、同じ場所でうっすらと微笑み薔薇を眺めている自分は、他人の眼には異様に映っているに相違ない。そんな自分を良人がいつも哀しげに見つめていることも彼女はちゃんと知っている。

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