テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人

 香花がこの村に棲みついてから、既に一年近くが経とうとしている。去年の十月、香花は光王と共に都からはるばるこの村に辿り着いた。香花は元々は両班の娘であるが、両親は既に亡く、頼りとするのは他家に嫁いだ叔母のみであった。
 何とか落ちぶれた家門を再興する手がかりにしようと、名門崔家の子どもたちの家庭教師として雇われ、明善と烈しい恋に落ちたものの、明善は国王殿下に対する謀反に連座した罪で捕らえられ、処刑された。
 崔氏の屋敷に忍び込んだ〝義賊光王〟とはその頃に知り合い、数奇な縁でこうして都から離れた小さな村で共に暮らしている。
 萬安の住まいは隣家で同じ村とはいっても、ほぼ隣村と言って良いほど離れている。つまり、この村の住居数はそれほど少ないのであり、広い範囲に渡って数少ない家が点在しているのだ。
 萬安の家まで卵を届けに行くのは、最近は専ら香花の役目だ。光王は小間物の行商をしていて、早朝に家を出て、夕方まで戻らない。徒歩で四半刻ほど先の町まで出かけ、一日中、品物を売り歩くのだ。香花は家で家事をこなす傍ら、仕立物の内職をする。なので、比較的、時間に融通のきく香花の方が朴家に卵を持ってゆくことになったのである。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ