テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第14章 第4話【尹(ユン)家の娘】・夢見る老婦人

 女中が亡霊でも見るようなまなざしで自分を見ているのも、いっかな気づかない。女中の瞳には、明らかに恐怖を宿していた。
 老婦人が亡くなったお嬢さまだと思い込んでいるあの娘は、明らかに別人だ。確かに他人の空似で片付けられないほど酷似した容貌ではある。生前の素花もあんな風に可憐で儚げな美少女だった。
 しかし、先刻、薔薇を眺めていた娘は、どう見ても十八になっているようには見えない。せいぜい十四、五くらいのものだろう。女主人の声をかけられたときの愕いた面には、まだ幼さが残っており、あどけなくさえ見えた。
 ソンジュと呼ばれた若い女中は、二年前に頓死した主夫妻の愛娘のことを今でもよく憶えている。主人夫妻と同様に、身分の低い使用人たとに対しても気遣いを示す心優しい娘だった。
 あれは数年前のことだったか。ソンジュがこの屋敷に奉公に上がってまもない頃のこと、屋敷内の女中を束ねる女中頭に〝役立たず〟と罵られ、頬を殴られた。ソンジュは一人、親許を離れて奉公に上がって寂しかった上に、馴れない奉公でヘマばかりして叱られていた。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ