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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第15章 不幸な母

「なら、良いんだが。俺が耳に挟んだ話では、一人娘が亡くなって二年も経つのに、いまだに娘が生きているかのようにふるまったりするらしいぜ。誰もいないのに、一人で娘を相手にするように話しかけたりするもんで、使用人も気味悪がって奥方には近づきたがらないんだとかいう話だった。とにかく、俺の話だけは心に留めておいてくれないか。あの婆さん―もとい奥方には、そうした物騒な噂があるんだってことをな」
 〝気違いほど怖いものはないからな〟と、最後に光王は殆ど聞き取れない声で独りごちだ。
「―判ったわ。光王の話はちゃんと憶えておくから」
 香花が言うと、光王は少しホッとしたような表情を見せた。
「ま、あの奥方は言ってみれば、不幸な女ではあるがな。香花、もう、あの屋敷には近づかない方が良い」
「光王がそんなに心配性だったなんて、知らなかった」

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