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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

 香花が手を伸ばしたのと、〝止めろ、止せ、見るな〟と男が叫んだのはほぼ時を同じくしていた。
 香花は拾い上げた薄っぺらい冊子を茫然と見つめた。開いたままの本には、どうやら人の名前らしいものが書き込まれている。
―殺 領(ヨン)議(イ)政(ジヨン)孫(ソン)平(ピヨン)徳(ドク)
 殺 兵曹(ヒヨンジヨ)判書臨穏堅(パンソイムオンギヨン)
 
 偶然、眼に入った文字を見て、香花は蒼褪めた。
「まさか」
 あまりの怖ろしさに身体の震えが止まらない。いきなり右腕を掴まれグイと引き寄せられ、香花は身を強ばらせた。
「何故、見た? あれほど見るなと言ったのに」
 男の逞しい腕が伸び、香花の細い首にかかる。
「これが何か、お前にももう判ったはずだ」
「あんなにもたくさんの人を殺すつもりなの?」
 薄い本には、まだまだ多くの人の名が記されているようだった。そう、この本は殺生簿に間違いない。
 と、何を思ったか、フと耳許で低い笑い声が聞こえた。
「な―」
 心なしかこの声に嘲りを感じ、香花は憤慨して男を睨みつけた。
「こいつは威勢の良い女だ。このままむざと殺すのは惜しいほど、度胸のある女だな」
「殺す―、私を殺すつもりなの?」
 男は無言のまま、香花の首に回した手にわずかに力を込める。
「当然だろう? お前は見てはならぬものを見てしまった。折角生かしてやろうと思っていたものを」
 それとも、と、男がいっそう口許を耳に寄せた。

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