月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~
「俺の女になって、ここから共に逃げるか? どこまでも俺と行動を共にするというのなら、考え直してやっても良い」
やけに甘ったるい声が吐息ごと耳をくすぐる。思わず、ぞくりと膚が粟立つ。
今の自分は薄い夜着一枚きりの姿だ。あまりにも無防備であられもない姿をこの男の前に晒している。そう考えただけで、更に怖ろしさに総毛立つ。
「冗談でしょう。私は人殺しと一緒に逃げるなんてしないわ」
香花が怖ろしさに震えながらも突っぱねると、男は低い声で含み笑う。
「そいつは残念。では、冥土の土産に一つだけ、教えてやろう。断っておくが、その殺生簿は俺のものじゃない。この屋敷の主人―お前のお仕えする大切なご主人さまのものさ」
「馬鹿言わないで。お優しい旦那さまが人を殺すなんて、そんなことをなさるはずがない」
「やけに主人の肩を持つんだな。ホホウ、お前は察するに、この家の主人の囲い者、さしずめ情婦といったところか? 可愛い顔をして、どんな手練手管で崔明善を誑かしたんだ? 俺も是非、一度試させて貰いものだったが」
香花の首に添えられた男の両手に更に力がこもる。
ああ、私はここでこの男に括(くび)られて死ぬんだ。
ぼんやりとそんなことを思った。心に秘めた―十四年の生涯で初めての恋心すらも告げることなく、この世を去る。それも悪くはないかもしれない。もしこの想いを告げた時、あの男の瞳に迷惑げな表情が浮かぶのを眼にしてしまったら、自分は到底耐えられないだろう。そんな絶望を味わうくらいなら、いっそのこと、この場で想いを告げぬまま逝く方が幸せというものだ。
やけに甘ったるい声が吐息ごと耳をくすぐる。思わず、ぞくりと膚が粟立つ。
今の自分は薄い夜着一枚きりの姿だ。あまりにも無防備であられもない姿をこの男の前に晒している。そう考えただけで、更に怖ろしさに総毛立つ。
「冗談でしょう。私は人殺しと一緒に逃げるなんてしないわ」
香花が怖ろしさに震えながらも突っぱねると、男は低い声で含み笑う。
「そいつは残念。では、冥土の土産に一つだけ、教えてやろう。断っておくが、その殺生簿は俺のものじゃない。この屋敷の主人―お前のお仕えする大切なご主人さまのものさ」
「馬鹿言わないで。お優しい旦那さまが人を殺すなんて、そんなことをなさるはずがない」
「やけに主人の肩を持つんだな。ホホウ、お前は察するに、この家の主人の囲い者、さしずめ情婦といったところか? 可愛い顔をして、どんな手練手管で崔明善を誑かしたんだ? 俺も是非、一度試させて貰いものだったが」
香花の首に添えられた男の両手に更に力がこもる。
ああ、私はここでこの男に括(くび)られて死ぬんだ。
ぼんやりとそんなことを思った。心に秘めた―十四年の生涯で初めての恋心すらも告げることなく、この世を去る。それも悪くはないかもしれない。もしこの想いを告げた時、あの男の瞳に迷惑げな表情が浮かぶのを眼にしてしまったら、自分は到底耐えられないだろう。そんな絶望を味わうくらいなら、いっそのこと、この場で想いを告げぬまま逝く方が幸せというものだ。