テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第15章 不幸な母

 しかし、彼は国王の熱心な勧めも丁重に辞退し、自ら望んで地方官への道を選んだ。初めて済州島の県監として赴任したのを皮切りに各地の使道や県監を歴任し、暗行御使(隠密)になること数回、国王の意を受けて地方に潜入し、地方官の統治ぶりをつぶさに調べ上げ、不正があれば容赦なくこれを白日の下に晒して正した。
 この暗行御使としての働きぶりが大いに評価され、国王からは是非とも都で任官するようにと命じられたものの、やはり断った。
 最初の中は、彼が国王殿下の誘いをことごとく断るのを見た周囲は、〝無欲なふりを装い、かえって殿下の気を引こうとしているのだ〟と勘繰った。しかし、彼が心底から官職に就く気がないのを知り、
―ユン徳義は変わり者。
 と〝変人〟呼ばわりされるようになった。
 地方官として趣いた土地は数え切れないほどあるが、彼自身はどの時代も懐かしさをもってよく憶えている。恐らく、今の県監としての仕事が国王殿下への最後のご奉公になるだろう。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ