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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~

 その時、ふいに一条の光が天空から差し込んできた。空を閉ざしていた雲が流れ、一瞬、月が姿を現したのだ。
 細い月明かりに、男の姿がくっきりと照らし出される。
 香花は改めて月明かりの下で見る男の姿に息を呑む。男は頭から脚先まで全身闇に包まれていた。闇色の頭巾で顔をすっぽりと包み込んでいるため、その容貌は定かではない。辛うじて見えているのは切れ上がった形の良い双眸だけだ。
 均整の取れたしなやかな身体であることは、黒装束の上からでも判別できる。明善もかなりの長身ではあるが、この男は更に上背があるだろう。小柄な香花から見れば、見上げるほどの大男に見えないこともない。
 何よりも香花の意識を引きつけたのは、その眼(まなこ)であった。薄い闇の中では幾千もの闇を集めたように黒々として見えた両眼がまるで黄金でも映しているかのようにきらめいて見える。いや、この瞳は薄い蒼―?
 月光の加減によって、黄金にも蒼にも見える不思議な瞳が今、射貫くように香花を見つめている。それは、あたかも孤高の誇り高き獣が月光を浴びて、凛として立っている様を彷彿とさせる。妖しく輝く黄金の瞳を持つ虎―。
「―異様人?」
 思わず洩れてしまった心の呟きに、男が苦笑いを刻む。
「生憎だな、俺は生まれも育ちも朝鮮だ」
 聞く者を魅了せずにはいられない魅惑的な声、到底、朝鮮人とは思えない色の瞳を持つ美しい男だった。
 今、まさにその男によって自分の生命が絶たれようとしているその瞬間、香花は自分を殺そうとする男に見惚れていた。
「あなた、もしかして、月の化身なの?」
 その言葉に、男の全身に漲っていた殺気が消えた。

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