テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第15章 不幸な母

 今は年老いたが、かつては理蓮も都では評判の美貌を誇っていた。徳義もまた初めて理蓮の清楚な美貌を見た時、その名のとおり蓮の花のようなひとだとひとめで恋心を抱いたほどだった。
 もう随分昔のことになってしまったが―。と徳義は微苦笑を刻む。
 若い頃は朝鮮中の地方官に任命されたお陰で理蓮もまた良人に従って居所の定まることがなかった。県監といえば聞こえは良いが、地方官は中央政界で活躍する官吏などとは違い、地味な仕事だ。私服を肥やそうと思えば肥やせるし、事実、地方官を歴任して財を成した者も大勢いる。
 しかし、徳義は不正を何より嫌い、質素を心がけ領民から無益な搾取をけしてしなかった。そのため〝慈悲深い県監さま〟と行く先々の領民から慕われはしたが、その分、ユン家はいつも貧しく、内証はけして豊かとはいえなかった。
 地方官の妻として、理蓮もまた苦労が絶えなかった。使用人に至るまで細やかに気配りしてやり、相談事があれば乗ってやりと、屋敷内のことはすべて理蓮の采配で動いていた。家のことをすべて妻に任せ得たからこそ、徳義もまた安心して公務に励めたのである。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ