
月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第16章 夢と現の狭間
香花は小さく息を吸い込んだ。
言葉を選びながら、ゆっくりと応える。
「奥さま、私は確かに、おっしゃるように事情があって都からここまで流れてきました。ご賢察のとおり、私は両班の娘ですが、実家は最早、途絶えたのも同然。その家門を再興するのが目下の私の夢なのです。奥さまが何故、私にそのような話をなさるのかは存じません。でも、私には実家の再興という夢がありますし、それに、一緒に暮らしている兄は私にとって、とても大切なひとです。その人との暮らしを棄ててまで、手にしたいものなど何もありません」
香花が言い終えたのは、穏やかな、けれど辺りを払うような凜とした声音が響いたのはほぼ同時のことであった。
「夫人、珍しい客人が来ていると耳にしたのだがね」
香花が振り返ると、男性にしてはやや小柄な男が立っていた。歳は六十にそろそろ手が届こうかというくらいで、髪は殆ど銀髪、鼻の下にたくわえた髭も雪を思わせる純白だ。その立派な身なり、威厳のある居住まいから、すぐに屋敷の当主―県監その人であると知れる。
言葉を選びながら、ゆっくりと応える。
「奥さま、私は確かに、おっしゃるように事情があって都からここまで流れてきました。ご賢察のとおり、私は両班の娘ですが、実家は最早、途絶えたのも同然。その家門を再興するのが目下の私の夢なのです。奥さまが何故、私にそのような話をなさるのかは存じません。でも、私には実家の再興という夢がありますし、それに、一緒に暮らしている兄は私にとって、とても大切なひとです。その人との暮らしを棄ててまで、手にしたいものなど何もありません」
香花が言い終えたのは、穏やかな、けれど辺りを払うような凜とした声音が響いたのはほぼ同時のことであった。
「夫人、珍しい客人が来ていると耳にしたのだがね」
香花が振り返ると、男性にしてはやや小柄な男が立っていた。歳は六十にそろそろ手が届こうかというくらいで、髪は殆ど銀髪、鼻の下にたくわえた髭も雪を思わせる純白だ。その立派な身なり、威厳のある居住まいから、すぐに屋敷の当主―県監その人であると知れる。
