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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第16章 夢と現の狭間

 が、まさか、それらの買い物が亡くなった娘のためのものとは想像だにしなかった。
 理蓮は、あの娘―先刻、いつもの腰痛で動けなくなっていた妻を助け、屋敷までおぶったという―を死んだ素花と勘違いしている。確かに、あの娘の容貌は愕くほど素花に似ている。だが、素花は深窓で大切に育てられた令嬢らしく、優しくはあったが、大人しいだけの娘であった。その点、あの娘は全く異なるようだ。
 あの眼の輝き! 聡明さと自分の運命は自分の手で切り開いて人生を歩んでゆくだけの気概を併せ持つ娘だ。恐らく何らかの事情で凋落した両班の娘に違いない。だからこそ、ただ真綿にくるまれて大切に育てられた素花にはない生きるための逞しさを持っているのだ。
 瞳を見れば、あの娘が素花ではないことなど、一目瞭然であるのに。第一、か弱い素花が理蓮をおぶって長い道のりをたった一人で歩けるはずがないではないか!!
 ひと口に両班とはいっても、ピンからキリまである。下級貴族の暮らしはただ身分が両班というだけで、生活の実態そのものは庶民と大差なく、むしろ、賤しい身分と蔑まれても金を持つ商人の方がよほど豪勢な屋敷に住み、両班並の暮らしを送っているのだ。

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