テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第16章 夢と現の狭間

 恐らく、あの娘は自分のことは何でも自分でこなしていたに相違ない。間違っても、素花のように大勢の使用人のかしずかれ、厠に行くのでさえ、乳母が付き添っていたような―そんな乳母日傘の暮らしを送ってはいないだろう。
 その違いが理蓮には判らないのだ。妻はあの娘に死んだ素花の面影を重ね、何とかして手許に置きたがっている。妻がそこまで望むのなら、正式な養女として屋敷に迎えても良いと徳義自身も考えないわけではないが、そんなことをしても、理蓮の心の病は治らないだろう。
 今、妻に必要なのは、素花によく似た娘を手許に置き、一生涯、覚めない夢の中に棲み続けることではない。そんなことを、亡くなった素花も望みはすまい。徳義は妻に一日も早く、目ざめて貰いたかった。哀しいことではあるが、素花はもうどこを探しても、この世にはいないのだと妻に認めさせること―それが、妻の心の病を克服する第一歩だと思うのだ。そのためには、妻の願いを叶えてやるわけにはゆかない。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ