月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第2章 縁(えにし)~もう一つの出逢い~
その後ろでは、下男のウィギルの大声も聞こえている。
「何か盗まれたのですか?」
香花は敢えて明善の方は見ようとはせず、闇を見つめたまま問う。
明善が苦渋に満ちた表情で頷いた。
「大切なものを盗まれた」
「大切なもの?」
初めて香花が振り向く。何故か明善が視線を合わせようせず、自ら顔を背けた。
「あれがないと私の身が危うくなってしまう―それほどの大切なものだ」
心なしか声がいつになく硬い。
「承旨のお役目に拘わりのあるものだと?」
その問いに対する応えはなかった。
「その大切なものは、どこにしまっておられたのでしょう?」
ともすれば声が震えそうになるのを、香花は止めることができなかった。
「私の寝室に置いてある箪笥の引き出しに入れておいたのだ。まさか、こうも易々と盗まれるとは。一体、何者があれを盗ったのだろうか」
両手で頭をかきむしらんばかりの取り乱し様は、いつもの穏やかな明善には少しもふさわしくはなかった。
「先生は盗っ人を見かけなかったのか?」
何げなく問われ、香花は頷いた。
「私も何か物音が聞こえるような気がして、慌てて庭に出てみたのです。でも、結局、何も見つけられませんでした。申し訳ありません」
「先生が謝る必要はない」
明善が優しい声音で言い、香花の肩を叩く。
もう、いつもの彼らしさを取り戻したようだ。
「まだ夜明けまでには時間がある。先生は部屋に戻って寝(やす)んだ方が良い」
その時、あの得体の知れぬ妖しい男の声が耳奥で甦った。
「何か盗まれたのですか?」
香花は敢えて明善の方は見ようとはせず、闇を見つめたまま問う。
明善が苦渋に満ちた表情で頷いた。
「大切なものを盗まれた」
「大切なもの?」
初めて香花が振り向く。何故か明善が視線を合わせようせず、自ら顔を背けた。
「あれがないと私の身が危うくなってしまう―それほどの大切なものだ」
心なしか声がいつになく硬い。
「承旨のお役目に拘わりのあるものだと?」
その問いに対する応えはなかった。
「その大切なものは、どこにしまっておられたのでしょう?」
ともすれば声が震えそうになるのを、香花は止めることができなかった。
「私の寝室に置いてある箪笥の引き出しに入れておいたのだ。まさか、こうも易々と盗まれるとは。一体、何者があれを盗ったのだろうか」
両手で頭をかきむしらんばかりの取り乱し様は、いつもの穏やかな明善には少しもふさわしくはなかった。
「先生は盗っ人を見かけなかったのか?」
何げなく問われ、香花は頷いた。
「私も何か物音が聞こえるような気がして、慌てて庭に出てみたのです。でも、結局、何も見つけられませんでした。申し訳ありません」
「先生が謝る必要はない」
明善が優しい声音で言い、香花の肩を叩く。
もう、いつもの彼らしさを取り戻したようだ。
「まだ夜明けまでには時間がある。先生は部屋に戻って寝(やす)んだ方が良い」
その時、あの得体の知れぬ妖しい男の声が耳奥で甦った。