テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

   陰謀

 翌日、騒ぎを聞きつけた捕盗庁(ポトチヨウ)の役人が崔氏の屋敷を訪ねてきた。むろん、前夜の盗っ人騒動によるものだ。明善は多額の賄賂を役人に贈り、この事件をなかったこととし、闇から闇へと葬った。
 賄賂を使ってまで事件を隠匿しようとしたことで、香花の明善に対する疑惑は決定的となった。役人はそれでもとりあえずは崔家に居住する者たちすべてに事情聴取を行った。下男のウィギルや女中のソンジョルに至るまで一人一人呼ばれて取り調べを受け、最後に香花もまた聴取を受けた。
 二人の子どもたちだけは除外となったものの、捕盗庁の役人が明善の行動に不審を抱いているのは明らかだ。が、相手が承旨という上官であり、また、被害に遭った当人がこの件を公にしたくはないと強く望めば、彼らは退かぬわけにはいかない。
 調べに対して、香花は毅然として
「何も見ておりません」
 の一点張りだった。
 少々頭の回転が遅いウィギルなどは〝何か隠しているのではないか? 正直に白状せねば、拷問にかけるぞ〟と脅され、すっかり怯え切っていたし、やはり同様に脅迫されたソンジョルは
「この歳で拷問なんぞにかけられちまったら、そのままお陀仏になるよ」
 と、こちらもまた泣きの涙であった。
 香花が両班の娘であり、崔家の家庭教師であるため、流石に使用人に対するような露骨な脅しはなかった。だが、香花にもまた、
「本当に何も見てはいないのだな?」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ