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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第17章 夢の終わり

 香花が慌てて周囲を眺め回しても、何の変化もない。
 やはり、気のせいだったのだ。
 落胆の深い吐息を吐き出し、再び壁に背を凭せかける。
 と、また呼び声が今度は先刻よりはややはっきりと聞こえた。
「香花、―おい、騒馬」
 香花を〝騒馬〟と呼ぶのは、この世でただ一人、光王のみだ。
 小窓から、ひょいと見慣れた顔が覗く。相変わらず、憎らしいほど端整な容貌だ。
「光王!」
 思わず叫ぶと、〝シッ〟と光王が人さし指を唇に当てた。
「待ってろ、今、開けてやる」
 その言葉が終わってほどなく、小屋の扉がかすかに軋みながら開いた。
「全く、どうして、お前はいつもこう世話ばかり焼かせるんだ?」
 光王は全身黒ずくめだ。例の〝盗賊光王〟のときのいでたちである。頭まですっぽりと黒い頭巾を被り、全身闇色の衣裳に身を包んでいる。
 頭巾から、金褐色に輝くひと房の髪が零れ落ちている。

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