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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第18章 第5話【半月】・疑惑

 香花が立っているのは、町の目抜き通りの一角、道の両脇には露店が所狭しと居並び、人通りも多い場所だ。その露店の一つの主人―シニョン老人がお気に入りの煙管を銜えなが相好を崩して、こちらを見つめている。
「お爺ちゃん」
 香花が気安く呼ぶと、老人はますます眦(まなじり)を下げた。どうやら、この老爺は香花を孫のように思っているようで、香花を見ると、いつも親しく声をかけてくる。
「どうした、えらく冴えない顔をしとるじゃないか」
 どこまでも温厚な好々爺といったシニョンではあるが、その細い眼は多くの人を物を見てきた。彼はもう四十年以上も前から、この同じ場所に座り続け、店の前を行き過ぎる人々を眺めてきたのだ。移り変わる人、景色を映し続けたその瞳は物事から余分な虚飾を取り払い、真実だけを見極める能力(ちから)がある。
「まあ、ここにお座り」
 シニョンは香花を手招きすると、自分の隣を手で差し示す。粗末な筵を敷いた上に老人が座り、その前に小間物を並べた低い台が置かれていた。その前を絶え間なく人が行き交う。

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