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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第18章 第5話【半月】・疑惑

 シニョンは腰に下げていた竹筒を手にし、蓋を開くと香花に差し出した。
「いつも精が出るのう。秋になったとはいえ、まだまだ日中は暑かろう。殊に隣村から歩いてきたのでは、喉も渇いて当然だ」
「ありがとう(コマスニダ)」
 香花は小さな声で礼を言うと、素直に竹筒を受け取る。喉をすべり落ちてゆくのは、シニョン特製の野草茶だという。何の草花かは知らないが、野に咲く野草を摘み取り、乾燥させてお茶にするのだそうだ。温かくても冷めても、ほんのりとした甘みが残る不思議に美味しいお茶であった。
 実はこの老人、香花と光王がこの町に流れ着いてきたばかりの頃、最初に親しく言葉を交わした初めての人間だった。この町に腰を落ち着けようと思案していた光王がシニョンに町のことをあれこれ訊ねたという経緯がある。
「香花、何か心配事でもあるのか?」
 老人に重ねて問われ、香花は小さく頷いた。シニョンに隠し事をしても無意味だと判っている。それに、このときの香花は誰かに胸の内を聞いて貰いたいという心境でもあった。

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