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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第18章 第5話【半月】・疑惑

 香花の瞼に、役人に連行されてゆく光王の姿が浮かぶ。縄で拘束され、引き立てられるようにして連れ去られる光王、彼に泣きながら追い縋る自分。
 役所で酷い拷問にかけられ、血まみれになっている光王。白一色の上下を纏い、端座した光王の首に向かって一気に振り下ろされようとする首切り役人の白刃が鈍く光る―。
 あたかも現実に眼にしているかのような映像が禍々しく迫ってくる。香花は眼の前が真っ暗になり、思わず軽い眩暈を憶えた。
「どんな人なのか、お爺ちゃんは知ってる? どんな小さなことでも良いの。教えて」
 シニョンは首を傾げながらも、知っていることを語って聞かせてくれた。歳格好は五十前後で、上背のあるなかなかの偉丈夫だということ。その身なりや物腰から、都から来た両班だとはっきりと判ったという。現に、当人自身が〝漢陽から人を訪ねて来た〟と洩らしたとか。
 この町の何人もの人間がその男を見て、光王のことについて事細かに訊かれた。その両班らしい男は品もあり、温厚そうな紳士で、居丈高な態度は見られなかった。訊けるだけのことを訊くと、丁重に礼を述べて去っていったという。

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