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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第18章 第5話【半月】・疑惑

 香花はシニョンに改めて礼を言い、店を後にした。あまりに打撃が大きくて、自分がどこをどうやって歩いているのかも判らない。
 まるで雲の上をふわふわと歩いているような当て処ない心もちだ。だから、往来の向こうから大きな荷を背負って歩いてくる大男とぶつかったときも、まるで上の空だった。
「おい、天下の往来で一体、どこに眼を付けて歩いてるんだ!?」
 まだ若い男は赤銅色に灼けた貌を怒りに染めて凄んできたが、香花が心ここにあらずといった体でいるのを見て、勘違いしたらしい。
「チッ、頭がイカレてるのかよ」
 舌打ちすると、吐き捨てるように言い、後を振り向きもせず去っていった。
「お嬢さん(アガツシ)、大丈夫ですか」
 唐突に頭上から声が降ってきて、香花は漸く我に返った。その場に座り込んだままの格好でのろのろと顔を上げ、視線を動かして、相手を見上げる。

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