テキストサイズ

月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

「それで叔母上さま、例のお願いはきいて頂けました?」
「はて、例の願い、とは?」
―まっ、叔母上さまったら、この期に及んで空惚(そらとぼ)けるおつもりなんだわ。
 香花は内心、やはり今のも空泣きではなかったのかと疑いつつ、用心深く探りを入れる。
「先日、お越しになったときにお願いしたではありませんの。どこか奉公に上がるお屋敷を探して頂きたいと―」
 しかし、香花の言葉は、叔母の更なる甲高い泣き声で遮られた。
「ああ、私はそなたの父や母に顔向けできませぬ。この金家は身分こそさして高くはないが、先祖代々、両班の末席に連なる身分として役職を国王殿下より拝命し、今日まで連綿と続いてきた由緒ある家門です。その金家の跡取り娘が一使用人となり果て、他家に奉公するなど、もう世も末です―」
 手巾を握りしめ、よよと泣き伏す叔母の背に香花はそっと手を添えた。
「叔母上さま、これは、けして悪い話ではないと思いますのよ。どこぞのお屋敷に奉公して、金家の娘の存在が広く知られることにでもなれば、それこそ叔母上さまの思う壺―、いえ、もとい、叔母上さまが私をお心より案じて下さっているそのお優しさに報いることができるというものではありませんの?」
「それは、一体どういうこと?」
 案の定、叔母が現金なほど素早く泣き止む。手巾をまだ口許に押し当てつつも、上目遣いに香花を見上げる。
「金家の娘ここにありとより多くの人々が知るところとなれば、もしかしたら、良き縁談が舞い込んでくることもないとは限りませぬ。その点、叔母上さまは都一の情報通、社交家でいらっしゃいますもの。きっと良き奉公先を見つけて下さっていると私、期待しておりました」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ