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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第1章 第一話【月下にひらく花】転機

 この叔母の最大の弱点は賞め言葉である。幼い頃から叔母に接してきた香花は叔母の実の子どもたちよりその性格をよく見抜いていた。
「まあ、顔が広いといえば、確かに広いとは申せましょうがね」
 叔母はわざとらしい渋面をこしらえ、また小さく咳払いをした。内心は自分の交際範囲の広さを自慢したくてならないのだ。
「承旨(スンジ)をなさっている崔(チェ)明善(ミヨンソン)さまのお宅で今、家庭教師を探していらっしゃるそうですよ。何でも前任の家庭教師は父親が亡くなったので、家を継ぐために故郷の田舎に帰っていって暇を取ったのだとか」
 やはり、叔母は数日前の頼みを忘れてはいなかったのだ!
「嬉しい、叔母上さま」
 思わず抱きつかんばかりの香花に呆れた表情の叔母である。
「ですが、香花。私はこのお話、あまり賛成ではないのです」
「それは何故ですか」
 承旨は、国王の秘書機関である承丞院(スンジヨンウォン)に勤務する、いわば王の秘書である。大臣などとの御前会議の際は王の言葉をその場で書き留めたり、会議だけでなく、その他の場面においても同様のことを行う。いわば、国王に近い役職であり、崔家は両班の中でも金家とは異なり、上流の名門だ。
 何より権力大好きな叔母が何故、承旨の屋敷に上がるのを嫌うのか、その心理が判りかねる。
「香花、そなたは自分が嫁入り前の身であることをゆめ忘れてはなりません。崔承旨さまは人柄温厚篤実にしておよそ非の打ち所もなき方と専らの噂ではありますが、やはり殿方であることに変わりはないのですよ」

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