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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第19章 訪問者

 むろん、光王自身は、父の顔など知る由もない。何しろ、彼の生母は、父親に身ごもった事実を告げるやいなや、棄てられたのだ。
「いきなり父親だと見たこともない奴に名乗られただけでも、こっちはついていけないのに、あいつは何て言いやがったと思う?」
 光王は憎悪に満ちた声で言った。問いかけの形ではあるが、もとより、香花に応えを期待しているわけではなく、彼自身が自問自答しているのだ。
 香花もまた何も言わず、黙って彼の話に耳を傾けた。
「正妻の子どもが亡くなっちまったから、帰ってこいだとさ。全く、笑わせるじゃねえか。二十六年も前に、俺がお袋の腹の中にいると判った途端、逃げるようにお袋から離れていった男が、今になって、その棄てた息子に頭を下げて帰ってきて欲しいだなぞと、どの面下げて言えるってえんだ」
「つまり、お父さんは、あなたに都に帰って、家門を継いで欲しいとおっしゃってるんでしょう」
 つとめて光王の心を刺激しないように言う。

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