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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

 もっとも、この男が他人からどう思われようが、自分にはさらさら関係ない。
「思い上がりもたいがいにすると良いわ。都中の女が皆、あんたに色目を使うと思ったら、大間違いなんだから」
 香花はフンと顎をそらし、男に背を向ける。
「それを言うなら、朝鮮中の女だろ」
「―」
 背後から聞こえてきた科白を無視し、香花は大股で歩き始める。
 数歩あるいたところで、男の声が追いかけてきた。
「おい、待てよ。この簪はやるよ」
 それでも無視を決め込み、香花は一人で勝手にどんどん歩いてゆく。
 相変わらず大通りは通行人で賑わっていて、人はますます増えているようだ。蒸し饅頭を売る店で値切っている中年の女房、幼い子の手を引いた若い女の姿も見える。
 それらの人混みを器用に縫いながら、香花は脇目もふらずに歩いてゆく。
 ふいに後ろから手を掴まれる。
「放してよ」
「これをやるって言ってるんだよ」
 往来のど真ん中で押し問答を続ける二人に、通りすがりの者たちが好奇の眼を向けて過ぎてゆく。
「素直じゃねえな。やるって言ってるんだから、貰っとけよ」
「結構よ」
 香花は纏いついて離れぬ男の手を振りほどいた。
「だって、欲しかったんだろ、ずっと欲しそうに眺めていたじゃないか」
 男はしつこく食い下がってくる。香花は思いきりきついまなざしで睨んだ。
「あなたって、何て失礼な人なの。私は物乞いじゃない。そんな安物の簪など、欲しくはありません」

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