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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第19章 訪問者

 両班家に生まれた香花は、両班という特殊階級がどれだけ閉鎖的で誇り高いかを知っている。自分たちだけが心あり良識ある人間だと思い込み、民は〝獣よりも劣る〟と考えているような輩なのだ。この光王の父もまた、そのような特異な考え方をする家庭で産まれ育ち、あまつさえ、跡継だったというのなら、その身分・立場にふさわしい行動を周囲から求められただろう。
 表向きは女を棄てたとしか見えない行動の裏に、実は、そうせざるを得なかった状況が働いていたのだとしたら。それは、十分に考えられる事態である。
 それとも、これは、所詮、世間を知らない自分の甘い感傷にすぎないのだろうか。この優しげな眼をした男が二十八年前、一度は永遠の愛を誓った女人をまるで冷血鬼のように無情に捨て去ったのだろうか。本人も心から納得して?
「そなたたちの家を訪ねたら、生憎と留守だった。そのまま町に帰る気にもなれず、こうして脚の向くまま、歩いてきたというわけだ」
 光王の父は苦笑めいた笑いを滲ませる。

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