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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第20章 父と子

 漸く騒がしい胸の高鳴りがおさまった頃、光王が家に入ってきた。
「そういえば、お腹が空いたわね。光王はご飯は食べたの?」
 照れ隠しにいきなり訊ねてよこす香花を、光王は面白そうに見ている。
「いや、恋女房の手料理が食べたくて、空きっ腹抱えて待ってた」
「もう! 止めてって頼んだら、余計にしつこく言って、私を困らせて」
 香花は子どものように頬を膨らませる。
「もう知らない。いつもの酒場に行って、お昼でも食べてきたら?」
「おいおい、今日はもう商いは止めだと言っただろう。何が哀しくて、わざわざ昼飯を食べに町まで出ていかなきゃ駄目なんだよ」
 光王が情けない声を上げる。
「な、香花。俺が悪かった。二度とお前が厭がる科白は口にしないと誓うよ。だから、頼むから、昼飯を作ってくれ。さもないと、俺は空腹のあまり、死にそうだ」
 完全に背を向けた香花に向かって、光王は満更、芝居とも思えない悲痛な声を上げている。

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