月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】
第20章 父と子
「これがその歌なのね」
ああ、と、光王は眼を閉じたまま幾度も頷いた。〝そういえば〟と、彼は更に記憶の糸を手繰り寄せようと試みる。
「そう言やア、こんなこともあった」
香花はその話しぶりに興味を引かれ、身を乗り出す。
「お袋はこの歌を歌った後、大抵、昔語りを聞かせてくれた。月の明るく輝く晩には、夜空を真っ白な兎が乗った舟が滑るように進んでゆく―そんな話だ。夜空を海、月を舟に見立てて、兎が月の船を漕いで、夜空の海を走ってゆくということだったんだろうな」
「兎が乗った月の船―、素敵な話ね」
香花は脳裡に一つの光景を浮かべてみる。
星が煌めく紺青の空を滑るように走ってゆく月の舟、その上に乗った真っ白な兎。
光王が漸く眼を開いた。
「俺もその頃は、良い話だと思った。今でも、月が綺麗な夜には、ふと、お袋のその話を思い出すことがある。だが、その話を俺に聞かせてくれたときのお袋の心中はお前が言うように到底、素敵なんてものじゃなかったはずだ。それを考えると、やり切れなくなるよ」
ああ、と、光王は眼を閉じたまま幾度も頷いた。〝そういえば〟と、彼は更に記憶の糸を手繰り寄せようと試みる。
「そう言やア、こんなこともあった」
香花はその話しぶりに興味を引かれ、身を乗り出す。
「お袋はこの歌を歌った後、大抵、昔語りを聞かせてくれた。月の明るく輝く晩には、夜空を真っ白な兎が乗った舟が滑るように進んでゆく―そんな話だ。夜空を海、月を舟に見立てて、兎が月の船を漕いで、夜空の海を走ってゆくということだったんだろうな」
「兎が乗った月の船―、素敵な話ね」
香花は脳裡に一つの光景を浮かべてみる。
星が煌めく紺青の空を滑るように走ってゆく月の舟、その上に乗った真っ白な兎。
光王が漸く眼を開いた。
「俺もその頃は、良い話だと思った。今でも、月が綺麗な夜には、ふと、お袋のその話を思い出すことがある。だが、その話を俺に聞かせてくれたときのお袋の心中はお前が言うように到底、素敵なんてものじゃなかったはずだ。それを考えると、やり切れなくなるよ」