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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第3章 陰謀

「大監は容易く口になされますが、事は重大です。急いては、し損じる可能性が高い。殊に、国王(チユサン)殿下(チヨナー)は領議政孫平徳という強固な後ろ盾を持っておいでなのですぞ。領(ヨン)相大(サンテー)監(ガン)を甘く見てはならないことは、大監もよくよくご存じでは?」
「フン、そのようなことは、とうに判っておるわ。あの狸爺ィと狐のような娘聟が二人でまだ若い殿下を良いように操っておる。あ奴らこそ、獅子身中の虫、殿下を惑わす奸臣よ」
 明善が落ち着いていればいるほど、相手の男は気を高ぶらせていくようだ。
 だが、と、首を傾げる。現国王完(ワン)宗(ジヨン)はまだ二十一歳の若さながら、早くも聖(ソン)君(グン)としての誉れも高い英邁な王として知られている。完宗の前王―陽徳(ヤンドク)山(サン)君(グン)はあまりの暴虐非道さに〝燕(ヨン)山(サン)君(グン)の再来〟とまで謳われた暗君であった。陽徳山君が二十三歳の若さで突如として崩御した際も、暗殺説が流布したほど彼(か)の暴君を恨む者は多かった。
 その後を受けて王座に就いた完宗は、陽徳山君の祖父高宗(ゴジヨン)の第二王子の流れを汲む宮家から推戴された王である。あまたの側室を持つのが倣いであった当時、高宗は美しい王妃を熱愛し、側室は世子(セジヤ)時代に迎えた二人のみにとどまった。第二王子はその側室の所生である。
 ちなみに、陽徳山君は高宗の正室―仁彰王后の生んだ第一王子隆宗(ユンジヨン)の子である。つまり、現在、王統は高宗の正室の子から、側室の子へと引き継がれていっているのだ。
 位についたときにはまだ十六歳であった完宗も既に成人し、親政に意欲を見せている。
 完宗の生母は両班の娘ではあるが、その実家は家門としては低かった。つまり、新しい王は姻戚関係、血縁関係共に強力な後見を持たない。その王の新たな後見についたのが、領議政孫平徳と兵曹判書臨穏堅であった。

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