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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第20章 父と子

「それは、どうして?」
 勤めを終えた母が漸く戻ってきたのだ。幼い子どもとしては、飛び起きて迎えたい心境だろうのに。
 香花が訝しげな視線を向けるのに、光王はうっすらと笑んだまま応える。
「部屋に帰ってきたお袋がいつも声を殺して泣いていたからさ」
「―」
 香花は言葉を失ってしまった。
 光王が揺れる瞳で香花を見つめる。
「両班のお嬢さまとして育ったお前には、想像のつかないことがあると先刻も言っただろう? 妓楼に通ってくる男の大半は両班が多かった。お袋がいた見世は高級妓楼で、結構良い客筋だったんだ。その見世の妓生は、その日暮らしの庶民はまず手の届かない高嶺の花で通っていたんだよ」
 だからこそ、両班家の跡取りであった光王の父と母は知り合ったのだろう。
 想いを馳せる香花の耳を、光王の沈んだ声が打った。

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